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日高火防祭の由来

最終更新日: 2016年01月06日

 ひ た か ひ ぶ せ ま つ り

日高火防祭 

平成28年4月28(木)

     前夜祭
 
 
   4月29(祝日)

     本 祭
 

平成28年度はやし屋台登場者募集!!
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~古趣豊かな音曲と、雅びなはやし屋台、豪華絢爛な一大絵巻 ~

  4月28日の前夜祭、29日の本祭と春の奥州に華やかな一大絵巻をくりひろげる日高火防祭。

  町組ごとに飾りたてられたはやし屋台が古趣あふれる音曲にあわせて街を練り歩きます。祭りの興奮が最高潮に達するのは、何といっても29日の夜7時頃からの「揃い打ち」。ぼんぼりの灯りの中、各町組の屋台が競って華麗なおはやしを披露する祭りのクライマックスです。

  みちのくに春の訪れを告げる両日、市街は多くの観光客で賑わいます。

 

【日高火防祭の由来】

 旧藩時代、水沢城主伊達宗景公が少年時代に、仙台伊達公の命を受けて江戸に居た時、江戸の華といわれる火事の多いのに驚かれた。
  なかでも明暦3年(1657)の火事は、江戸の大半を焦土と化した大火災であり、俗に振袖火事といわれ、この時の死亡者は10余万人を数えたといわれている。
 これらの悲惨な災禍を目撃するにつけ、火災の恐ろしいことを肝に銘じ、任を終えて帰水するや、火防の対策に万全の策を講じた。
 人智の不測不慮の罹災を神仏の加護によって未然に防止しようとし、日高妙見社の日は「火」に瑞山(みずやま)神社の瑞は「水」に通ずるとして両社に祈願し始められたのがこの祭であるといわれている。
 また、村景公の時代に享保20年水沢の大火の後、佐々木佐五平が江戸に派遣され江戸火消しを習い、民間消防隊を創始したといわれている。

 

水沢の大火

享保3年(1718) 2月30

108戸焼失

享保20年(1735) 2月22

168戸焼失

天保13年(1842) 11月17

126戸焼失

安政6年(1859) 3月13

562戸焼失

 

町方火消しの祭典 】

 300有余年の歴史をもつこの祭りは、火防祭(ひぶせまつり)といわれ、毎年4月29日に行われる

 

祭りの日まで】

 町々では、その年の屋台を運行する年番(ねんばん)が決められ、厳粛に前年の年番から新しい年番へと引き継ぎが行われる。
 祭りがあと半月に迫ると各町では一斉に「はやし」の練習が始まる。
 町のそちらこちから三味・太鼓の音が響きはじめると舞台裏では屋台の掃除、点検、飾りの用意と多忙な日が続く。
  そして祭りの前日、磨きあげられた1本1本の柱が組み立てられ、「はやし」も最後の総仕上げがなされる。

 

祭りの日】

  祭りは古くからのしきたりや順序があり、古式にのっとって行われる。

 午前7時30分、各町の年番長が日高神社に参拝、祈願して御守札を受け(これを年番祭といっている)、ただちに各屋台に帰り屋台の運行が始まる。

  「はやし屋台」は神社前まで入れないので、神社を西方に臨む日高小路界隈において午前1040分、「遥拝式」を行い、出発点の市役所前(城跡大手門前)に集合する。(昔は、ここで城主の観覧に供した)

 午後1時15分、消防団の「纏振り」を先頭に「町印」「打ちばやし」「はやし屋台」の順に整列をする。その後、不断町、川口町、立町、柳町、大町、横町(ここで消防創設者と目されている佐々木佐五平の像に拝礼する)、袋町へと各町組の年番長の指揮の下に整然と人波をぬって練り歩く。

 夕陽が西に傾く午後5時15分頃、終点中央通りに到着、各屋台は1時間半程休憩する。ここで町印と打ちばやしは各町に帰る。夕食をすませる頃、あたりは静かな夕闇につつまれ、ぼんぼりが一斉に点灯される。屋台は一段と絢爛華麗さを加え、水沢駅前で9台揃っての「揃い打ち」のあとメイプル前へ向かい、仁義礼をつくしての「相打ち」を披露し各町に帰って行く。この2時間が祭りのクライマックスとなる。

はやし屋台】

 はやし屋台は、本来この祭りの客分であったが、明治以後は主人公の座にすわり、しかも町家が栄えるにつれて各町が競い合った結果、今日では金、朱、碧色と色とりどりに彩色された美しい屋台となった。

 屋台には、三味線(娘5人と糸合せの師匠1人)、小太鼓(早乙女1520人位)、横笛(男2人)を乗せ、各町それぞれの音律を奏でる。屋台ばやしと打ちばやしの古趣豊かで、格調の高い音曲は、岩手県の無形民俗文化財に指定されている

屋 台 の 音 律

 

 横町組

一声くずし

 城内組

かんらん

 袋町組

一声(いっせい)

 立町組

松の緑

 駅前三町組

一声(いっせい)

 吉小路組

祇園ばやし

 川口町組

つるべ井

 大町組

祇園ばやし

 柳町組

剣ばやしくずし

 

 

 

打ちばやし】

 これが昔からの祭りの本体であった。ごく素朴なもので6町から1台ずつ出る屋台は、「はやし屋台」に比べて大きさも乗る人数も半分以下で、男の子が大太鼓、小太鼓を打ち、笛師2人が横笛を吹く。
 この笛の音律は、6町とも同じで「トットコメイ」と呼ばれ、西洋音楽のソナタ形式に酷似しているといわれている。
 

町印(ちょうじるし)】

 当時、城下町としてつくられた大通りの6町に命じて町火消しをつくり、「仁心火防定鎮」の6字を各町に1字ずつ与え消防の旗印とした。これが町印といわれる。
 町印は木竿の先に大きな赤玉(火の象徴)と馬簾(ばれん-水の象徴)をつけ、それに前期の仁(川口町)、心(立町)、火(柳町)、防(大町)、定(横町)、鎮(袋町)の文字が記されている。
 「仁心をもって火防定鎮す」という町印の読みかたは、「和」と「協」の精神を表しているといわれている。
 

【厄年連等の協賛出演】

 奥州市を含む胆江地区では、この地方独自の伝統として、厄年(年祝)を迎える年には厄払いと故郷への恩返し、あるいは故郷の発展を願う気持ちから様々な形で地域活動へ参加し貢献している。
 水沢では、42歳・25歳の厄年を迎える者がこの「日高火防祭」への協賛出演のために厄年連を結成し、数年前から出演に向けて準備を始める。祭典当日はそれぞれ300名余りの地元・故郷を愛する者達が華やかな創作舞踊を披露し、 同じく協賛出演の神輿渡御とともに祭りを一層盛り上げている。

 



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