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新平は、台湾の阿片政策にかんしての建言書を政府に提出して採用され、それをきっかけに台湾の衛生局長に就任しました。ある日、和子婦人がひきだしを開けて「あら、こんな所に現金が300円ありますよ。」と不審に思ってたずねたところ、新平は「それは免職になった時使う金だ。それだけは残しておいてくれ。」と平然としていたそうです。いかにも新平らしい心構えだと言えます。そうして、8年間、新平は台湾の建設のために一生懸命働きました。この台湾での功績が認められて、新平は男爵となりました。その後、南満州鉄道株式会社の初代総裁に抜擢され、鉄道の広軌化をはじめとした都市開発を積極的に進めました。
表紙
少年時代
立生館 1
立生館 2
須賀川医学校時代
愛知県病院時代
内務省衛生局時代
ドイツ留学
相馬事件 1
相馬事件 2
陸軍検疫所
台湾・満鉄時代
国務大臣時代 1
国務大臣時代 2
東京市長時代 1
東京市長時代 2
震災・復興
東京放送局時代
ボーイスカウト
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