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後藤新平 絵物語

逝去

逝去
医学会出席のため岡山行きの夜行列車の中で新平は、心臓発作を起こしました。秘書が途中の駅で降ろそうとすると「岡山」と言って、車窓にしがみついていたと言う事です。
そして昭和4年4月13日の朝5時京都府立病院で手当の甲斐もなく71才で逝去されました。
時に病院の窓には桜花が舞っていたという事です。
墓は、遺言に従って青山墓地に設けられましたが、郷里の奥州市では、吉小路の生家を墓代りとして大切に保存しています。
法名は「天真院殿祥山棲霞大居士」今も偉業を讃える人々で、お墓には香華がたえないとの事です。
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