8. 尚歯会
![]() 尚歯会の仲間たち |
またヨーロッパの歴史、地理、社会、文化などの知識を長英ら蘭学者の記述によって急速に吸収し、海防的見地からも内外の情報を知ろうとする幕府・諸藩内部の開明的な為政者は、このグループの頭脳にまつところが少なくなかった。
このグループは他の医学、天文学、あるいは単なる翻訳事業にみに専念する洋学者たちに比べ、政治的実践的性格を強くもっていたが、天保10年(1839)蛮社の獄により潰滅的な打撃を受けた。
9. 渡辺崋山
![]() 渡辺崋山 |
10. 小関三英
庄内(現在の鶴岡)藩足軽組組外れ知義の次男として生れる。
若いころ江戸に出て蘭方医吉田長叔に蘭医学と蘭語を学んだ。1828(文政6)年仙台藩に招かれ、仙台藩医学館蘭方科で蘭医学を教えた。1830年職を辞し、一時帰郷したが2年後再び江戸に出て、蘭学にいそしんだ。
渡辺崋山が西洋事情の研究を始めるにあたり、三英と長英は蘭書の翻訳を依頼され、親しく交わった。三英はその語学力により様々な情報を崋山らにもたらしたが、彼は学究肌で崋山や長英のように幕府の対外政策を批判することはなかったので、目付鳥居耀蔵の蛮社の獄の訴状には三英の名は載っていなかった。しかし、いずれその捕縛の手が我が身に及ぶだろうと思い自殺した。