4. 無人島渡航計画
一方、順宣、順道父子の方は、僧侶としての仕事や詩作、医学や地理の研究をそのあいまにやっているという暮らしをしていたが、やがては無人島に行って、太平洋上で同じように耕したり、詩をつくったり議論したりする共同社会をつくろうという、素朴なユートピアを描いていた。その中には潜在的に封建制度批判の芽があったかもしれないが、公然と幕府を批判する気はなかったと思われる。
1839年、無量寿寺の住職、順宣、順道父子とその一味は無人島渡航計画のかどにより捕らえられた。
5. 蛮社の獄
![]() 自筆獄廷素描 (渡辺崋山筆) (田原町蔵) |
天保9年(1838)和蘭風説書によりイギリス船、モリソン号が渡来すると情報を得た幕府は、異国船打払令にもとづき、これを打払うことを決した。このことを知った崋山や長英は、大いに憂慮し、崋山は「慎機論」を草し、長英は「夢物語」を著述して内外の情勢を論じ幕府を批判した。
このような情勢下にあって、浦賀付近の測量で長英門下、内田弥太郎におくれをとった目付鳥居耀蔵は洋学者を憎悪し、その部下小笠原貢蔵に命じて崋山・長英らの動向をさぐらせ、ついで幕臣花井虎一を強唆して密告させ崋山らを検挙した。長英は自首し、三英は自刃した。
その罪状は、町人・僧侶らの無人島渡航計画に加わったこと、海外事情を研究し、幕府を批判したこと、崋山が大塩平八郎と通諜した形跡のあることが挙げられた。尋問が進むにつれて虚構の密告であることが明らかになったが幕府は、その罪をあえて政治批判に問い崋山は国元にちっ居、長英には永牢の判決を下した。
6. ペリー来航
![]() ペリーが乗ってきた蒸気船の図 (水沢市立図書館蔵) |