長英が数え21歳のときに書いた養父玄斎宛ての手紙。数多い長英の手紙の中で一番長く7メートルもある。身元引受をした久米吉が金三両と十三両の品物を持逃げし、後始末のため、半年間他家に中間奉公し、苦労したことなど事細かに述べている。また、8月10日の恩師吉田長淑の死去なども知らせている。 長英は同じ日に叔父左馬之助にも同じ内容の手紙を飛脚便で出している。