長英数え27歳、シーボルト事件後、長崎から江戸へ帰る長英が、京都から叔父の茂木恭一郎に出した手紙。5月12日に尾道を発ち、19日に大阪につき、23日に京都に着いたとある。また、郷里から帰郷を促すためにきた小野良策も引き連れてきたことが書かれている。長英は、この京都で、高野家の跡目相続を拒否する決断をする。