長英数え27歳のとき、親類の須田、小幡、後藤に宛てて書いた手紙。長崎遊学以来、多病に悩み、今、京都に滞在して思案しているが、水沢に帰っても医業ができかねるので、江戸にいて学問を通して世間の役に立ちたい。ついては、若柳の阿倍家に子供が多いので、養子にして後を継がせたいと願っている。