長英は脱獄後、友人や知人を頼って転々とした揚げ句、直江津に隠れるが、そこには長英の弟子内田五観と親友だった数学者の小林百哺がおり、百哺は直江津(旧高田藩)の大肝煎であった福永七兵衛に頼んで長英をかくまってもらった。長英は酒樽の中に隠れ、学問を続けたといわれる。本資料はその福永家より出たもの。「瑞皐外史」の落款がある。