弘化元(1844)年正月、脱獄の約半年前に従弟の茂木恭一郎へ手紙とともに送られた七言絶句の漢詩5詩。獄中の感慨を著した漢詩で、長い間白紙に爪先で書いたものと伝えられていた。特に最後の漢詩は字に筆勢がなく、1993年まで判読できなかったが、1994年角筆研究の権威、小林芳規広島大学名誉教授により、ほぼ解読でき、また角筆文献としても近代日本文化史にとって、貴重な資料となっている。