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奥州ブランドを育む「奥州の風土」

印刷用ページを表示する 更新日:2018年7月1日更新
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奥州ブランドを育む「奥州の風土」

 世界遺産・平泉に隣接し、岩手県南部に位置する奥州市。西の奥羽山脈、東の北上山地に挟まれ、長さ全国5位の北上川が中央を流れています。
 奥州市で農業が古くから盛んな理由はこの地形にあります。北は北上川から、西は胆沢(いさわ)川から肥沃な土壌が運ばれ、農業に適した田畑がつくられたからです。
 市内には、弥生時代の石包丁(稲穂を摘み取る道具)が発見された清水下遺跡や、用水路やため池を備えた反町遺跡などがあり、古くから稲作が行われていたことがわかります。
 また、「続日本紀(8世紀)」の中では胆沢扇状地が「水陸万頃(すいりくばんけい)の地(水と土地が豊かなところ)」と記され、古くから豊かな土地であったことがうかがわれます。
 一方市内には、約1200年前に坂上田村麻呂が造営した鎮守府胆沢城や、奥州藤原文化を築いた藤原清衡の居館「豊田館(とよだのたち)」や藤原秀衡の母の居館と伝えられる「接待館(せったいだて)」などがあったことから、それぞれの時代で重要な土地であったことがわかります。
 このような歴史の中で、米、野菜、果物、牛などの多くの農畜産物や南部鉄器、岩谷堂箪笥(たんす)などの伝統工芸品が脈々と生産され、その黄金文化が現在に引き継がれているのです。

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