斎藤實ってどんな人?

更新日:2023年09月29日

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羽織袴姿で足元には赤と白の花が描かれた齋藤實の肖像画の写真

『喜寿を迎えた齋藤實』
千葉雲洞(1909年~1979年:一関出身)画

 衣類はすべて夫人まかせで、冬でも暑がりだった。大変な汗かきで一日に2度、カラーをとりかえた。ある夏、絽の袴と紗の羽織が出来たとき、「おまえが拵えてくれたもので、これが一番いいネ。」とうれしそうに言ったことがあった。

丸い銀色の入れ物の蓋が空いて中が少し見えている写真

【汗粉】汗かきの實の使用品

好物

 好物は、豆腐のみそ汁、ほや、鹿児島の地酒をつかった夫人特製の寿司、冷素麺などで好き嫌いはなかった。特に冷素麺は一夏中食べ続けてついに腹を壊したほどだった。
 若い時は一日に5升も飲んだことがあるという海軍きっての酒豪で鳴らした彼も、晩年は禁酒し、お汁粉など甘い物も好んだ。

銀製の蓋がついたお銚子を写した写真

愛用のお銚子(銀製)

 斎藤實が平常愛用したお銚子は、海軍時代宮原機関中将より二個贈られたもの。
 贈るについては同中将より「この銚子二本以上飲まないように」との申し添えがあったという。

趣味:読書・揮毫・庭いじり

揮毫

 人から頼まれれば断れなかったので、いつも約束を果たすのに追われていた。四谷の私邸には揮毫専用の机もあり、週末静養の葉山別邸では、右肩に襷をかけた實と、渋ウチワとタオルを持って傍らにつきそい、實の滴る汗を拭いている夫人の姿がよく見られたという。

庭いじり

 草むしり、植木いじりは、組閣の忙しい最中でも一寸の暇を見つけては庭におり、鋏でチョキチョキやっていた。一宮別邸では古洋服を着て草履を履き、手ぬぐいを腰にぶら下げ、松の枝おろしや垣根直しなどをしていた。

健康

 若い時は一週間寝なくても平気な程、いたって壮健だった。
 明治41年(51歳、夏)、海軍大臣として台湾視察の帰りの船中、左足の踵が痛みだしたのが、リューマチの始まりだった。台湾で氷柱と扇風機の接待を受け冷えたためと言われている。晩年に至るまで季節の変わり目毎に痛み、特に入梅時分と極寒の時節がひどかった。
 大正元年11月(55歳)、将官会議の席上腎臓結石の痛みを経験する。その後朝鮮総督時代、昭和2年のジュネーブ会議においても発作が起きた。以後、ワイン、ビール、牛肉は禁止となった。

体格

体格の詳細
身長 5尺5寸(167センチメートル)
体重 20貫(75キログラム)
足袋 10文(24センチメートル)
首回り 44.5センチメートル
血液型 A型

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