(12)和子夫人

更新日:2023年09月29日

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紋付の着物を着た、日本髪の和子夫人が正面を向いている腰から上のモノクロ写真
裾の長い白いドレスを身につけ、日本髪にウェディングベールをつけて立っている和子夫人の全身を写したモノクロ写真

和子夫人書翰

 明治24(1891)年早春頃 新平宛 〔ドイツへ留学中〕

 実家の安場家は、両親、姉、使用人が次々とインフルエンザに罹り、看病のため泊り込んで世話をしたこと、今は皆回復したことなど。

毛筆で横長の紙一面に書かれた新平宛ての手紙の写真

看護学修業証書

 明治38(1905)年11月14日 日本赤十字社篤志看護婦人会台北支会

 日本赤十字社篤志看護婦人会は明治20(1887)年に発足し、その後各地方に支会が設立された。

 和子夫人も入会し、看護学を修めた。

証書中央上部に赤十字のマークがある和子夫人の名前が記載された看護学修業証書の写真

教訓百人一首

 幼少の頃から和歌に親しんでいた和子夫人が、家族の団欒や子どもたちを教育するのにふさわしいものをと考えて編んだ歌集。古今の歌人に混じって、水沢出身の高野長英の和歌もみられる。

15枚の教訓百人一首の札が並べて置かれている写真

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