夢物語 1


夢物語
冬ノ夜ノ更行マゝニ人語モ漸ク聞ヘ履声モ稀ニ響キ妻戸
ニ響ク風ノ音スサマシク最物凄サニ物思フ身ハ殊更眠リモヤラ
レス独リ机ニ倚テ燈ヲ掲テ書ヲ讀ケルニ夜イタク更ヌレハイツシカ
眠ヲ催シ気モツカレ夢トナク幻トナク恍惚タル折節或方ヘ招カレイト廣
キ座敷ニイタリケレハ碩学鴻儒ト覚シキ人々数十人集會メイロイロ物語
シ待ケル其方中ニ甲ノ人乙ノ人ニ向テ云ケルハ近来珍ラシキ噂ヲ聞
ニ英吉利国ノモリソント云モノ頭ト成テ船ヲ仕出シ日本漂流人七人
乗セ江戸近海ニ船ヲ寄セ是ヲ餌トシテ交易ヲ願フ由和蘭陀ヨリ
夢物語
ある冬の夜のことであった。夜が更けるにつれて、道行く人の声も途絶えがちとなり、下駄の音もまれにしか聞こえず、妻戸を吹きならす音が物悲しく響き、無気味なばかりである。しかし、私は、その夜、国の運命を案ずるあまり眠ろうともせず、ひとり机に向かい、燈をかかげて、読書にふけっていた。そのうちに夜もいっそう深まったので、眼も心も疲かれはてて、夢ともなく、まぼろしともなく、うっとりたした気分におそわれた。
ふと気がついてみると、私はある屋敷に招かれて、たいへん広い座敷に通されていた。そこには名高い学者先生と思われる人達が数十人集まって、議論に花を咲かせていた。
そのうちに甲の人が、乙の人に向かって次のような質問をした。
「近頃珍しい噂を聞きました。『イギリス国のモリソンという者が指揮官となり、船の準備をして、日本の漂流民七、八人を乗せ、江戸近海の港に渡来して、漂流民の護送を口実に、交易を願おうとしている。』ということを、長崎在留のオランダ人が
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更新日:2023年09月29日