夢物語 5

更新日:2023年09月29日

ページID: 1512
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支那ノ属国ニ界ヲ接シ候ニ付邊民共擾乱仕リ堺ヲ越互ニ闘
争接戰仕事時々有之候故支那人イギリス人ヲ疎ミ申候加フルニ
ホルトカル即日本ノ南蛮ト唱ル国ナリ阿蘭人廣東ヘ同様交易仕候ニ付イキリス
ノ交易盛ニ相成候ヘハ自然ト自己ノ衰微ニモ相成候故イロイロ
讒言ヲ搆種々誹謗仕候ニ付元ヨリホルカル和蘭陀ハ清朝革命ノ
此大功モコレ有リ夫ニ廣ク地面ヲ給リ外ナラヌ親愛ヲ受候モノ儀ニ付
右讒ヲ信シ猶々イキリスハ忌憚ラレ交易物取捌キ方モ不宜既ニ乾
隆年中ノ比ハ貸ノミ日ニ増シ崇ク相成交易方立行不申候ヤウ
ニ至リ候依之本国ニテモイロイロ評議イタシ以来廣東交易方相休メ
候方可然抔申候説モ有之候処近来イキリスニテ茶殊ノ外流行仕

これがシナの属国と境を接しているため、国境付近の住民が互いに国境を越えて交戦するという事態がときどき発生するのです。そのためシナ人は、一般にイギリス人に対して好意的ではありません。
これに加えてポルトガル人(彼らのことを日本人は南蛮と呼んでおります)やオランダ人なども、同様に広東で交易を行っておりますが、イギリスの交易が盛んになると、自然と自国の交易が衰退することになります。そこで彼らは、広東の役人にイギリスにとって不利な告げ口をしたり、非難するといったことをいろいろやったのです。もともとポルトガル、オランダ両国は、清朝革命のころ、清朝に味方して大いに手柄をたてたということがあったので、それぞれ広い土地を与えられ清朝政府の信頼が厚いため、政府はそのまま両国人の偽りの言葉をそのまま鵜呑みにしてしまいました。そのためイギリス人は一層忌み嫌われる始末で、交易にもその影響が及んで、不振におちいり、すでに乾隆という皇帝の頃には、未払い勘定ばかりが日増しに増加し、交易が完全に行き詰まってしまいました。そこで、本国でもこの問題をいろいろ協議したところ、広東貿易を中止すべきだという説さえ出ました。しかし、近頃イギリス本国では茶を楽しむことが大変流行し、

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