高野長英書状(高野玄齋宛) (文政10(1827)年)正月15日



長英が数え24歳のときに養父玄斎に宛てて書いた手紙。新年の挨拶をするとともに、郷里から音信がないのは許しを得ないで長崎に来たのを不服と思うからかと嘆き、もう1年滞在して勉強すれば、これまでの恥辱がそそげるので、そうさせてほしいと懇願している。玄斎はこの年7月に死去している。おそらくこれは養父玄斎宛ての最後の手紙と思われる。
重要文化財
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長英が数え24歳のときに養父玄斎に宛てて書いた手紙。新年の挨拶をするとともに、郷里から音信がないのは許しを得ないで長崎に来たのを不服と思うからかと嘆き、もう1年滞在して勉強すれば、これまでの恥辱がそそげるので、そうさせてほしいと懇願している。玄斎はこの年7月に死去している。おそらくこれは養父玄斎宛ての最後の手紙と思われる。
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更新日:2023年09月29日