長英隠居玄恭家督相続願一件留書 天保2(1831)年4月

更新日:2023年09月29日

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紙の真ん中に横へ折り目が入っていて、上半分は上から、下半分は下から墨で文章が書かれている長英隠居玄恭家督相続願一件留書の写真

長英は、養父玄斎が死んだ後、すみやかに郷里に帰り、養父の娘千越と結婚して、高野家を継ぐことが期待されていた。しかし、長英は、病気を理由に帰郷を拒み、千越との婚約を破談にし、家督相続を拒否した。かわって留守家の家臣である斎藤太右エ門の息子、玄恭を養子にむかえ、千越と結婚させて高野家の家督を継がせることになった。

重要文化財

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