米沢

門人の高橋家善宅
米沢(山形県米沢市)
山形県南東部に位置する米沢市は、江戸時代、米沢藩上杉家の城下として栄えた。江戸中期、上杉鷹山(うえすぎようざん)がおこなった藩政改革は今も語り継がれている。また、上杉家は、高野家の祖、高野佐渡守勝氏(たかのさどのかみたかうじ)が仕えた上杉謙信の末裔でもある。
牢脱走半月後の弘化元年(1844年)7月16日の夜、長英はこの米沢に、夜伊藤救庵を訪ね、翌日には、帰国中の旧友堀内忠竜を訪ねた。救庵はシ―ボルトに学んだ長英と同門で、忠竜は蘭学の大家青地林宗の門人で、ともに蘭方医であった。
堀内忠竜は米沢の北東、屋代郷の門人高橋家膳に長英をかくまわせたと言われている。
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更新日:2023年09月29日