奥州市で柳田國男・新渡戸稲造ら近代知識人の書簡を新たに発見しました

更新日:2026年07月22日

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調査の概要と当該資料発見に至る経緯

奥州市の文化財収蔵施設では、古文書・歴史資料・行政資料など地域の歴史を示す多様な資料群を所蔵しています。しかし、近年の社会変動により資料の寄贈件数が増加しており、未整理・未調査の状態にある資料群が大多数となっているのが現状です。これらは地域の歴史文化を示す文化財であり、その保存と将来に向けた活用体制の構築が急務となっています。

このような背景のもと、奥州市教育委員会では所蔵する資料群の数量・特徴・劣化状況などを網羅的に把握し、今後の調査・研究および保存・継承に活用できる基盤データを構築することを目的として、産学官が連携して資料群に対する概要調査を進めています。また、その調査成果は「地域資料情報継承記録モデル」として集約し、資料に関する情報の確実な継承と、資料群に対する継続的な保存・活用を図っています。

今年度の調査(令和8年6月16日~19日実施)は、令和2・3年度に実施した市内文化財収蔵施設の概要調査以降、新たに奥州市の所蔵となった資料群を主な対象として実施しました。本調査は、合同会社AMANE・国立歴史民俗博物館メタ資料学研究センター・奥州市教育委員会による「産学官連携に基づいた地域資料継承支援事業」の一環として、えさし郷土文化館を始めとした市内文化財関連施設の学芸職員や研究者の協力を得ながら実施しています。

当該資料の発見について

今回、書簡が確認された高橋陸郎関係資料(旧高橋家(高萬)文書)は、平成22年に旧高橋家住宅(国重要文化財)が市に寄贈される際、建造物と共に奥州市へ寄贈された『旧高橋家(高萬)文書』の中に含まれます。これまで、産学官での概要調査のほか、岩手大学や東北大学が目録作成を目的とした調査を実施してきましたが、未整理の資料が多く残されている状況です。なお、『旧高橋家(高萬)文書』については、数量が2万点以上(概数)であり、そのうち目録が作成されているのは6千点程度です。

今年度、これまで未確認だった箇所の概要調査を実施したところ、高橋陸郎宛の柳田國男、新渡戸稲造、佐藤昌介、南鷹次郎、河野廣中ら近代の日本を代表する知識人・政治家の書簡が新たに発見されました。これらの書簡は、高橋陸郎が農学を始めとした研究者や政治家といった多様な分野の人物と広範な交流関係を築いていたことを示すものです。また、この成果は、地域に残された未整理の資料群について基礎的な調査を積み重ねることの重要性や、奥州市には全国規模の学術的価値を有する資料が未発見のまま残されている可能性を改めて示す事例であると考えます。

高橋家と高橋陸郎について

高橋家(高萬家)は水沢伊達家臣の家系であり、近代以降は大地主として成長し、銀行などの金融業を営んで地域経済の発展に大きく寄与しました。なお、「高萬」の屋号は高橋家9代当主萬右衛門の名に由来し、10代高橋敬章は初代水沢町長を務め、11代高橋金治は衆議院議員を3期務めるなど、近代の水沢を代表する名望家として知られています。

これまで高橋家については、衆議院議員である高橋金治や金治の姪で女流画家の高橋耕園(なゐ)が注目されてきました。一方、今回発見された高橋陸郎宛の書簡により、高橋家が政治・経済のみならず、学術や文化の分野にも広範な人的関係を有していたことを示すものとして注目されると考えます。

 

高橋陸郎は明治20年(1887)1月28日に生まれ、一関中学(現一関第一高等学校)を経て大正元年(1912)に東北帝国大学農科大学(旧札幌農学校/現北海道大学農学部)を卒業しました。現時点では官職や教職などの定職に就いたことを示す資料は確認されておらず、著作においても「農学士」などの肩書を用いているにとどまります。これは陸郎が病弱であったことによるものと考えられ、大正6年(1917)4月10日に31歳で死去しましたが、その短い生涯のうち特に大正3年から同6年にかけて集中的な著述活動を行っています。

現在確認される著書には、『水沢の栞』(大正3)、『寒地稲作改良法』(大正4)、『稲及米之研究』(稲之巻・米之巻/大正4)などがあり、さらに柳田國男編集の『郷土研究』や折口信夫編集の『土俗と伝説』にも投稿していることが判明しています。これらの著作群をみると、農学と郷土研究という異なる分野を横断しているようにも見えるますが、陸郎自身にとっては決して個別の関心ではなかったものと思われます。

新出資料の概要

1 柳田 國男 (書簡1点 葉書2点 封筒のみ1点)

柳田國男(1875~1962)は、日本民俗学の創始者として知られ、『遠野物語』や『郷土研究』などを通じて、日本各地の生活文化や民俗の調査・研究を推進した人物です。柳田は中央の学者だけではなく、地方在住の知識人や青年研究者による地域史研究を重視し、全国的な郷土研究運動を展開しました。

高橋陸郎は、柳田が編集する『郷土研究』に投稿しており、両者には本誌を介した接点が認められ、今回の柳田書簡の発見はその証左となります。農学を基盤としながら地域社会や郷土の歴史・文化に関心を寄せた陸郎の研究姿勢は、柳田が期待した地方知識人の在り方と重なるものと考えられます。

また、陸郎が『郷土研究』に投稿を行っていた時期、北上川中下流域では高橋清治郎(宮城県登米郡南方村)や鳥畑隆治(一関市川崎町)も投稿を行い、柳田と交流を有しています。陸郎が彼らの郷土研究との比較検討や交流を有していたかどうか明らかにしていくことも今後の課題となります。

 

2 新渡戸稲造 (書簡3点)

新渡戸稲造(1862~1933)は、盛岡出身で札幌農学校教授、東京帝国大学教授などを歴任した農学者・教育者・国際人であり、『武士道』の著者としても広く知られています。札幌農学校では人格教育を重視し、多くの人材を育成しました。また、水沢出身の後藤新平が台湾総督府民政長官として台湾統治を担った際には、新渡戸を殖産局長として招聘しています。

高橋陸郎は大正元年に東北帝国大学農科大学(旧札幌農学校)を卒業しており、新渡戸が築いた教育思想や農学観の影響を色濃く受けた世代に属します。今回の調査で確認された新渡戸書簡の一つは陸郎が自著の序文執筆を新渡戸に依頼し、新渡戸がこれを承諾した返書である可能性が高いと考えられます。

 

3 佐藤 昌介 (書簡2点 葉書2点)

佐藤昌介(1856~1939)は、花巻出身の農学者・教育者であり、札幌農学校第1期生として学んだ後、同校教授・学長を務めた人物です。日本の近代農学の発展に大きく貢献した人物であり、北海道帝国大学初代総長にも就任しました。札幌農学校においては、クラーク以来の実学教育と人格教育の伝統を継承し、新渡戸稲造らとともに同校の発展を支え、多くの人材を育成しました。

佐藤は高橋陸郎の東北帝大農科大学(旧札幌農学校)に在学していた当時の学長でもあり、農学を基盤としながら地域社会や農村の発展に関心を寄せた陸郎の活動は、佐藤が重視した実践的な農学教育の理念と深く通じるものがあります。佐藤から陸郎に宛てられた書簡の文面からは、病床にあった陸郎の身を案じ、その健康を気遣う様子がうかがえます。また、佐藤は陸郎の著書『稲及米之研究』に序文を寄せており、こうした資料の存在から、両者の関係が単なる学長と卒業生にとどまらず、師弟としての温かな交流を有していたことが示されます。

 

4 南 鷹次郎 (書簡2点)

南鷹次郎(1859~1936)は、長崎県出身の農学者・教育者であり、札幌農学校の2期生として学んだ後、同校教授を務めたのちに北海道帝国大学総長に就任したほか、北海道信用販売購買利用組合連合会(現ホクレン)の会長も務め、北海道農業の発展と農業団体の育成に大きく貢献しました。

高橋陸郎が東北帝大農科大学(旧札幌農学校)に在学していた当時、鷹次郎は教授として教育に携わっており、陸郎はその指導を受けた世代です。今回の調査で確認された鷹次郎書簡は、陸郎から贈られた著書に対する礼状であり、卒業後も両者の交流が続いていたことを示しています。

 

5 河野 廣中 (書簡1点)

河野廣中(1849~1923)は、福島県出身の自由民権運動家・政治家であり、「東北の自由民権の父」とも称された人物です。衆議院議長や農省務大臣を務めるなど政界の重鎮として活躍し、近代日本における議会政治の発展に大きな足跡を残しました。

高橋家との関係については、高橋陸郎の養父であり、衆議院議員を3期務めた高橋金治との接点が想定されます。陸郎宛の河野廣中書簡は、陸郎から贈られた著書に対する礼状であり、中央政界を代表する人物である河野が若き農学士であった陸郎の著書に対して丁重な返書を送っていることが注目されます。

陸郎は31歳の若さでその生涯を閉じましたが、金融業や地方行政、政界への進出を通じて地域の発展に寄与してきた高橋家の家風を考えれば、陸郎が長命であったならば、政財界とも深く関わる知識人として活躍した可能性を想起させます。

 

学術的意義

1 地方知識人と中央知識人あるいは北海道大学人脈との交流実態を示す。

2 岩手県南地域または北上川中下流域(宮城県含む)における郷土研究の広がりが明らかとなる。

3 柳田國男や新渡戸稲造などに関する新出資料となる。

4 地域資料群から全国的価値を持つ資料が発見された事例となる。

5 高橋家、高橋陸郎の再評価につながる。

 

新出資料を展示公開します(予定)

「奥州市文化財調査速報展2026 奥州市の大地といのち」にて、調査速報として展示公開予定です。(3施設のみ)

https://www.city.oshu.iwate.jp/web_museum/oshirase/1/13757.html

1 えさし郷土文化館 7月25日~ 8月23日

2  奥州市埋蔵文化財調査センター 8月26日~ 9月10日

3  奥州市牛の博物館 11月14日~12月20日

 

謝辞

本資料の発見及び調査研究にあたり、以下の皆様にご協力を賜りました。心より感謝申し上げます。(50音順、敬称略)

石井正己/えさし郷土文化館/合同会社AMANE/国立歴史民俗博物館/高橋紘/二階堂悟

この記事に関するお問い合わせ先

歴史遺産課 企画管理係
〒023-1192岩手県奥州市江刺大通り1-8(江刺総合支所4階)
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