牛の里前沢 Maesawa:the Home of Cattle
前沢牛のあゆみThe History of Maesawa Beef
前沢牛生産のために飼育されている牛は黒毛和種という和牛品種です。黒毛和種は西日本に多い品種で、もともと前沢のような東北地方には、わずかしかいませんでした。前沢は、馬の育成地帯であり、馬を農作業に用いていましたが、二次大戦が終結し、馬の生産が必要なくなったのを受けて、馬から牛へと家畜を変えたのが前沢での牛の飼育の始まりです。その後、昭和30年代にトラクターが普及したため、農作業のための家畜は必要が無くなりましたが、長年の家畜への愛着と糞を肥料として利用するために、飼養の目的を肉用牛生産に切り替えて現在に至っています。最初は、島根県から雌子牛を積極的に導入。江刺市(現奥州市江刺)が導入していた但馬産の雄牛との交配により、優秀な子牛の生産基盤を確立。昭和40年代には地元産の子牛を基牛として肥育を始めました。
昭和44年、東京食肉市場へ初出荷を果たしましたが、肉質は悪く、岩手のガリ牛と酷評されてしまいました。しかし、農家の方々が先進地の視察や検討を重ねて努力した結果、昭和53年には、通常出荷で東京食肉市場の最高販売価格を塗り替えるまでになりました。東京食肉市場で開催される全国肉用牛枝肉共励会という日本で一番大きな牛肉の品評会で、昭和60年代から平成にかけて計8回も日本一の賞である名誉賞を受賞して、その地位を不動のものにしました。

主な展示資料
- 年表
- 前沢牛商標原案