菅原 わかな(すがわら わかな)さん

奥州市で生まれ、子どもの頃は自然の中のびのび育ったというわかなさん。高校卒業後、一度は県内で就職したものの「外の世界がみてみたい」と思い立ち上京。数年後、東京で再会した幼馴染との結婚を機に、再び奥州市へ。数年ぶりに戻ったわかなさんの目に奥州市はどのように映っているのか、日々再発掘している奥州市の魅力について伺いました。

菅原わかなさん
出身地
:岩手県奥州市(Uターン)
移住時期
:2024年4月
職業
:発掘調査員

移住のきっかけ

東京に住み始めて数年たった頃、幼馴染である夫と約20年振りに再会し、その後結婚。そのときに「一緒に奥州市に帰ろう」と言われ、当時私は、全く帰るつもりがありませんでしたが、すごく悩んで、迷った末、Uターンを決めました。夫は、高校卒業後に東京に出て、その間も地元に頻繁に帰省していて、いずれはUターンするつもりでいたようです。

奥州市~東京の暮らし

■奥州市の思い出

子どもの頃は、外でよく遊んだり、地元のお祭りに行ったりして、楽しい思い出がたくさんあります。当時、特別地元愛が強かったわけではないですが、高校卒業後、地元で就職しました。それなりに生活を楽しんでいましたが、ふと「ずっと地元にいるけど、外にも出てみたい」という気持ちが芽生え、「とりあえず東京に行ってみよう」と東京行きを決めました。

人生の休暇という気持ちもあって、ほとんど何も決めずに行きました。特別やりたいことがあったわけではなくて、「外の世界を見てみたい」「東京だったらなんでもやれそうだな」「何か見つかればよいな」という感じで、本当に軽い気持ちだったと思います。

■東京の暮らし

菅原わかなさん

思い立って、東京に行ったものの、半年くらいでコロナ禍になり、何もできない日が続きました。

そんな中でも、転職サイトで「発掘」の仕事を見つけてからは、関東の色々な現場に行きました。元々歴史に興味があったので、面白そうだと思い就職しました。家などの建物を建てる時、地面を掘る作業が入る前に「包蔵地」という遺跡に登録されている土地にかかっていると調査が必要になります。東京都内や近郊は開発が進んでいて、仕事がとても忙しかったです。プライベートでは、よく旅行に行っていました。京都や石川、兵庫(神戸)、島根(出雲)・・・東京から一本で行けるのでとても便利でした。

東京では、周りを気にせず、自分のやりたいことができると感じました。そのおかげで、帰ってきた今も、やりたいことができています。地元にいるときは「そんなことやってもどうせだめだ」という人が多いイメージだったけれど、東京に行ったことで、そういう感情を気にしなくなりました。自信がついて、見方が変わったと思います。

ただ、生活する中で少し困ったこともあって、病院などの情報がわからず、身近に相談できる人もいなかったので少し不安に感じていました。田舎に比べインターネットで情報は取れますが、情報量も多いし、正しい情報もわからない。ここをみれば大丈夫とか、この人に聞けばわかるみたいなことがなく、人に聞くのもハードルが高い感じがしました。

そんなこともあって、地元が少し恋しくなることはありましが、奥州市に帰ろうとは全く思っておらず、時々帰省して、家族や親戚と過ごしたり、地元の友達と遊んだり、ちょうどよい距離感で故郷を感じながら、東京での生活を楽しんでいました。

移住のプロセス

■Uターンが決まって

結婚を機に帰ることが決まっても、ギリギリまで迷っていました。何度も東京と岩手の暮らしを比較して、奥州市に戻れば、東北方面への出張が多い夫と過ごせる時間が多くなること、東京に住み続けても最終的に家を持つのは難しいかもしれないこと、いろんなことを考えて、比べて、やっぱり帰ろう、自分の育った奥州市に戻ろうと決めました。とはいえ、ずっと後ろ髪惹かれる思いでした。いまだに友人に戻ってきたことを驚かれます(笑)

■住まい探し

住まいは、義実家を建て直して住むことに決め、一旦それぞれの実家に引っ越すことにしました。

■仕事探し

岩手でも、東京でやっていた「発掘」の仕事をしたいと思い、インターネットで探し始めたところ、一関市で求人が出ているのを見つけて、すぐに応募しました。ハローワークの求人だったので、当時住んでいた最寄りのハローワークに行きました。引っ越す前に一度面接のために一関市に行きましたが、そこから、1カ月も経たないうちに就職が決まりました。

移住後の暮らし

■奥州市の暮らし

菅原わかなさん

移住して2年が過ぎましたが、自然を身近に感じながら、以前よりゆったりとした時間を過ごせるようになりました。秋の紅葉や田んぼの成長などをみながら、季節の移り変わりを感じたりしています。

近所の方から山菜をいただいたり、気軽に声をかけてもらえて、改めて地元の人の温かさを感じています。何気ない交流が「戻ってきてよかった」と感じさせてくれます。

一方で、新しいお店もできているけれど、昔あったお店がなくなり、街を歩いている人も少なくて、自分を育ててくれた地元が少し寂しくなっているように感じました。自分が子どもの頃は「とりあえず、メイプルに集まろう」と言って、いつも遊んでいましたが、今の子たちはどこで遊んでいるのだろうと思ってしまいました。

■仕事について

発掘の仕事は、東京で始めた仕事なので、慣れたものですが、なかなかの体力仕事です。東京ほどではないですが、毎日忙しくしています。めったに、すごいものは出てきませんが、現場に出て、掘って、調査して、記録を取るというような感じです。作業員の高齢化が進んでいて、上は90代の方がいます。女性の調査員は現在私ひとりです。

【一日のスケジュール】
6時
起床
7時
出勤
8時半
仕事
18時
帰宅
19時半~
動画編集など
22時半
 
0時
就寝

■住まいについて

無事お家が建って、マイホームで快適な生活を送っています。

奥州市の「移住者住宅取得支援補助金」を活用しました。

■移住後に始めたこと

菅原わかなさん

私が移住を決めたきっかけは、夫から地元に戻ろうと言われたことで、正直自分では戻るつもりはありませんでしたが、いざ戻ってみると、私がいた頃とは変わっていて「奥州市に何があるのかわからない」し、街並みも寂しくなっていて「自分に何かできることはないだろうか」と考えるようになりました。

当時、奥州市の情報は全然見つからなくて、「私が奥州市の情報発信をしてみよう」と思いました。私と同じように感じている人もいるのではないかと思ったので、地元の魅力を再発掘しながら発信を始めました。

奥州市の地理から、観光スポット、公園や神社など身近な場所の紹介から始め、おすすめのお土産や方言、イベント紹介など、奥州市の色々な情報を発信しました。当時、「奥州市」の発信をしているアカウントはほぼなかったと思います。

少しずつ、地元のお店などの紹介も始めて、今は、インスタグラムがわからない年配の店主さんなどをサポートしながら、少しでも認知を広げたいと思い、お店の発信もしています。私は、お店の応援団のような感じです。実際に「わかなさんの投稿をみて来てくれたお客様がたくさんいらっしゃいます〜!」「わかなさんの紹介動画からフォロワー様が300名増えました笑」「色々(な媒体で)紹介してもらったけど、わかなさんの発信が一番お客さん増えたたんじゃないかな」なんて嬉しい声もいただきました。

おかげで、イベントや地域活動に参加する機会も増えて、人とのつながりが広がりました。以前参加した、移住者交流会(R8.2開催)で仲良くなった方と伊手(江刺)の廃校活用の企画に参加したり、施設のオープンイベントでの出展を手伝ったり、繋がりが深まっています。

地域で頑張っている方々と出会うことで、新しい発見や学びも多くなりました。

最近は、インスタグラム発信についての勉強会を主催していて、撮影や投稿の実践を行ったりしています。この間は、寺子屋のようなイメージの勉強会をやりたくて、駒形神社さんにご協力をいただきました。新たな繋がりが増え、参加者同士でまた新しいものが生まれることが何より嬉しいと感じています。

菅原わかなさん

撮影などは休日に行っていて、先日、5月にできた「梁川食堂」に撮影がてら食事に行きました。山姥汁は山菜がたくさん入っておいしかったです。地元ならではという感じで、とてもおすすめです。

また、衣川の川西大念仏剣舞はとても感動しました。実際に観てみると、いろんなものの捉え方が変わると実感しました。市外の人はもちろんですが、市内の人にも観てほしいです。身近にあり過ぎて、見えなくなってしまっているかもしれないけど、奥州市にはよいものがたくさんあります。

発信を通して、地元の方には地域の魅力を改めて知ってもらい、地元を離れた方にはふるさとへの愛着を感じてもらいたいと感じています。そして、奥州市を知らない方には「こんな素敵な場所なんだ」と興味を持ってもらえたら嬉しいです。

最終的には、私の発信がきっかけで奥州市を訪れる人が増え、イベントやお店がたくさんの人で賑わうような未来につながればいいなと思っています。

わかなさんのアカウントはこちら @wakana.iwate

奥州市のイベントやお店などの情報を発信。「奥州市にこんなところあったの?」と奥州市の魅力が再発見でます!

さらに、実際に行ってみると、もっともっと奥州市の良さが実感できます!!

わかなさんにとって奥州市とは

奥州市は日本に誇るものが沢山あったり、豊かな環境だからこその美味しい食材、歴史があると思っています。地元を盛り上げたいと熱い思いを持つ方も多く、地元愛が強い人が沢山いて、何かしら実行に移す方もとても多い印象です。合併して奥州市になり、県で3番目に大きな市になりましたが、合併前の旧市町村がそれぞれの特徴や強みを活かして今も活動されているのは奥州市にしかない魅力だなぁと思います!

市内の情報収集のため「広報おうしゅう」をよく見ます。暮らしの情報がわかりやすく掲載されていて、重宝しています。何より、デザインが素敵です。他市の知り合いからも褒められましたよ。

今後の展望

将来的には、発信を通して地域の魅力や頑張っている人たちの想いをもっと多くの人に届けられるようになりたいです。自分の発信がきっかけで「行ってみたい」「住んでみたい」と思う人が増えたり、自分自身も地域に貢献できる存在になれたらと思っています。

個人的な今後については、そろそろ子供が欲しいなぁと考えています。

先輩移住者としてひとこと

菅原わかなさん

発信を通して思うのは、人との出会いが、まちの見え方を変えてくれることです。「奥州市には何もない」と思われがちですが、実は地域を盛り上げようと活動する人たちがたくさんいます。

イベントやお祭りに足を運べば、人とのつながりが生まれ、地元の人しか知らない魅力や場所に出会えることもあります。

こうした楽しさは、観光ガイドだけでは見つからないし書いてない事もあったりします。実際に歩いて、話して、体験してみることで、奥州市の本当の魅力が見えて来るのではないかなぁと思っています。一緒に奥州市の再発掘(再発見)しませんか??

数年の東京生活の中で色々な価値観に触れ、今の自分があると話してくれたわかなさん。一度地元を離れたことで、改めて奥州市の魅力を感じ、さらに多くの人に奥州市の魅力を知ってほしいと、日々発掘しながら発信を続けています。

ふるさとへの愛着、そして、関わる全ての方へ向けられる温かい想いがわかなさんから溢れていました。

取材 2026年6月